6月11日(土)京街道ウオーク④ 石清水八幡駅~淀宿~石清水伏見桃山駅 AⅡハイキングを行いました。
参加は11名
集合:9:15 石清水八幡宮駅前
コース:石清水八幡宮駅~さくらであい館~淀城跡~納所・唐人雁木旧跡~戊辰戦争戦没者の碑~三栖閘門~伏見京橋~電気鉄道発祥の地石碑~寺田屋~会津藩駐屯地~ 伏見銀座跡~伏見桃山駅
9:34
石清八幡宮駅前ミーティング後、出発
御幸橋(2ツ)を渡り、さくらであい館へ。背割の桜のお花見のための施設。その時は有料らしい。展望所に上がり、三川合流地を眺める(木津川・宇治川・桂川)淀川となる。1階には巨椋池(おぐらいけ)の土木事業の案内資料が見られる。WC有。
淀渡場跡碑.
京街道を歩き川の底の高低差がある。東南淀川渡場跡の碑。淀宿にはいり稲葉神社に向かう。
整備されていず、草が生い茂っています。淀城跡に向かう。
淀城は徳川秀忠により、寛永2年(1625)に竣工し、鳥羽伏見の戦いで放火され、城と城下の大半を焼失しました。
三等三角点があり、「三角点」は、地球上の位置(緯度・軽度・標高)が高い精度で求められており、地図作りや地震予知を始め、色々な測量の基礎となるものでで、大切にしましょうと書かれています。山でないのにびっくり。
近くに天守の標識はありませんが、この辺りがそうかなと思いました。
右隣には「與ど神社」立派なお社です。
納所(のうそ)
この交差点は軍事的にも重要な地であったため、戦国時代から城が築かれ、近世の淀城と区別するため、「淀古城」と呼ばれている。
桂川沿いに続く「大阪街道」と宇治川の流路あとの「伏見街道」も通り、水陸の分岐点となり、宇治川には「淀小橋」が架けられ、朝鮮通信使の上陸地となり、、近くには桟橋や雁木(上陸用階段)設置され、ここからは陸路で京都にむかった。
納所(のうそ交差点
12:03
近くの公園で昼食。
12:40
出発
12:48
戊辰役東軍戦戦死者埋骨地の碑。キレイな百合が供えられていた。現在も近くの方々がお世話をされているのでしょうか。
宇治川に沿って宇治川大橋をくぐり、巨椋大橋を渡り、大阪湾河口から43.0㎞の碑。
14:01 京橋着。
大坂に向かう橋の名はひらがなで書き、反対は漢字でかかれていたそうです。
十石船の遊覧船が風情のある川面をはしり、京橋のたもとには「伏見口の戦い激戦地跡」の碑が。伏見港の中心地がこの京橋あたりだったそうです。
信号を渡ると「我国における 電気鉄道事業発症の地」の石碑が建てられている。
日本最初の電気鉄道dある「京都電気鉄道株式会社」の伏見線は、明治28年(
1895)に開業し、この地を起点とし伏見町下油掛までの約6kmを走った。
14:13
寺田屋着。集合写真を撮る。
蓬莱橋を渡り、キザクラカッパカントリーで休憩。黄桜㈱の地ビールレストラン。wcを利用させて頂きました。
会津藩駐屯地跡。京都守護職の会津藩主 松平容保が本陣を置いた。
今は保育園になっています。
14:50
伏見銀座跡
江戸時代初め、徳川家康により初めて銀座が設けられたところである。
15:02
伏見桃山駅着。解散。
- お天気がどうかとおもわれましたが、パラパラ降るぐらいで、暑くもなく歩きやすい一日でした。淀城跡は皆さん始めての方が多く、じっくり散策しました。
いよいよ京都に入ってきて、あと1回で京街道ウオークの終了です。
あちこちに戊辰戦争の碑をみかけ、今までは小説や映画、ドラマで知っていただけの歴史が身近なものに感じました。
by №555 hokusetuyamazakura