大阪中高年ハイキングクラブ・ブログ 

大阪中高年ハイキングクラブ例会活動報告

亀の瀬から龍田古道を歩く

2025年5月29 亀の瀬地すべり資料館から龍田古道を歩く SⅠハイキングを行いました。

参加は15名。

 

集合:9:30 JR河内堅上駅改札口

 

今日は亀の瀬エリア限定での土木構造物をたどる近代遺産探訪ルートでもあります。

第4大和川橋梁をくぐり、昭和6・7年の地すべりによって、大和川の左岸へ迂回された際に架橋された鉄橋で、第3・第4とも特殊な工法で作られています。

9:25 小さな河内堅上駅から大和川沿いを、亀の瀬地すべり資料館を目指し歩くと、川の向かい明神山が見えます。新緑の山を眺めながら歩くと大和川の中に「亀岩」が見えます。

この辺りは日本書記や万葉集にもお「畏(かしこ)の坂」として登場するほど、地滑りで恐れられている地域です。「亀岩」が動くと洪水になるという言い伝えがあるとか。

ニワフジがあちこちに

川を離れ「亀の瀬地すべり歴史資料室」に向かいます。

ヤマグワの実

資料室でボランティアガイドさんと合流し、

亀の瀬ガイドツアー 90分の始まり。

亀の瀬地区の精巧なジオラマを見て、

明治以前の地滑りの記録は残されていないが、明治36年、昭和6年、昭和34年、昭和42年前後など大規模な地滑りが発生しました。昭和35年から国が最先端技術で行ってきた地すべり対策工事を写真とガイドさんの説明でそのすごさが実感できました。

地震とは違い一度に地すべりが起こるのではなく毎日50cmぐらいで滑っていくのはまた違う怖さがあります。

 

我が国最大直径6.5m最深96mの深礎工事を実施し、集水井工事の抑制工を実施しています。

明治25年、難関の亀の瀬トンネルが完成しましたが、昭和6年から7年の地滑りで崩壊。平成20年11月地すべり対策工事でもっとも古き明治時代のトンネル部分が偶然発見され、地域の歴史的財産として保存されました。旧大阪鉄道亀瀬隧道(トンネル)2ケ所を一部見学させて頂き、プロジェクションマッピングを楽しみました。突き当たりは土砂で埋まっていました。










12:00 資料室をお借りして昼食。

集合写真。

12:30 出発。

亀の瀬龍王社にお参りしました。近世に大和川舟運の船着場として、舟運の安全を祈って祀られた神社です。

舩仲間が奉納した石灯籠が残っています。

堂島・浜の字が残っています。あの大阪の堂島!

 

龍田古道に入り、昔の道は現在舗装され歩きやすい道です。奈良(大和)と大阪(河内)の国境で、古代より都の西の玄関口として天皇や官人も往来した古道です。

八幡神社着。大和と河内の国境。龍田古道で最も標高が高い場所にある神社で、古代の行きかう人々も旅の安全を祈願したことでしょう。

 

13:00 関地蔵着。天武天皇在位(673~686)大和を中心として、東国へは不破の関、中国へは吉備の関、山陰へは石見の関、難波へは龍田の関が設けられ、日本四関と言われています。




碑は龍田関跡を示すものだそうです。

 

第3大和川橋梁を電車が大きな音をたて過ぎて行きます。

13:03 三郷駅近くの磐瀬の杜到着し解散しました。喫茶店の可愛いお花です。




歩行時間 2時間 距離5km

 

 

 

by №555 hokusetu yamazakura